久々牛鬼登場☆

2008年11月22日 20:54

牛鬼第36幕

最近『ネウロ』が毎週気になりまくっていたShallotですが、
今週号(第36幕)には久々に大好きな牛鬼登場☆
第3巻の発売も1月新年早々ということで、心待ちです~

牛鬼はやっぱり慎重な行動・発言をするのね。賢い証拠。
やっぱり軽々しく言葉を使う人は軽薄な奴に違いない…
ひとつひとつの言葉の重みをわかっているらしい牛鬼はオトナです~☆
(一つ目氏の軽薄さ&愚かさと対比されているようでした。同じオヤジキャラでも随分違うのね☆)
某政治家の方々にも見習って欲しいキャラです…。
(「マンガを馬鹿にすんな」って週刊誌にも言いたい!)

revengefulness

2008年11月12日 12:52

08sazanka November
 Ⅰ

漆黒の闇夜に輝く
真っ白な太陽
あたりには 霧がたちこめ
視界を籠めている

傷だらけの指先に触れたのは
あぁ 無惨なる葵の枝
見事な花々は はや散りて
いや、 散ってしまったのではなく

鋭利な刃物で
断ち切られたのだ 枝ごと
葉は 幾重にも重なり
大きな球形をしていたのに

花を失った葵は
もはや 用済みなのか
腕を、首を捥がれた
屍の 無惨さよ


 Ⅱ

琺瑯の涙が滲み出す
秋の午前2時
苛立ちが 心臓の皮を突き破る
頬が 瞼が 爛れてく

くれがた
両親が眼前で殺された
〈野心〉は銃弾を浴びせられ
〈理想〉は陵辱されたのだ

私はそれを見ていたが
声なき叫びをあげるよりほかに
術はなかった
すべて 私が無力だったせいだ

萎びているくせに
なかなかくたばらない奴らに
どうか 復讐をしたいのだ
革命の叛旗を翻して

そして
私も戦場に果てるというなら
どうか そうさせてほしいのだ
土に還る その日まで

『接続する中也』読了

2008年11月08日 15:48

接続する中也接続する中也
(2007/05)
疋田 雅昭

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【オススメ度:☆☆☆☆☆】
上掲した書物『接続する中也』(疋田雅昭著、笠間書院)を読了しました。

まず、242ページから245ページの後記を読んで、大爆笑☆
最高に面白いパロディーです!! 
そして、「こんな先生がウチの大学にもいたらなぁ、学生さんたちも詩に興味が湧くと思うのに」と
本当は自分が授業を受けたい気持ちになりながら、そんなふうに思いました。
自分もがむばろう…><;

第2部の5章あたりを読んでいたとき、自分の作品が分析されることを嫌った中也でも、
「こんな風に研究されるのであれば、中也も嫌がらないと思います」と
フランス語の先生に言いました。中也も、こんなに素敵な研究方法で解体され縫合されるなら、
本当に喜ぶだろうなぁ……と。

第2部(4-6章)全体と、第8章は、研究の手段が非常に参考になりました。
他の章も、多分参考になると思いますが、自分の能力では難しいかも~……><
この書物全体が、料理のレシピと似ていて、研究のやりかたを明確に提示してくれています。
中也の料理の仕方に限定せず、ランボーやバイロンのほうにも転用できると確信しました。

個人的に特に面白かったのは、「〈述志〉の系譜」についてまとめられた第2部です。
詩集『山羊の歌』が「春の日の夕暮れ」に始まり、「いのちの声」の最後の一行、

  ゆふがた、空の下で、身一点に感じられれば、万事に於て文句はないのだ。

で終わることについて議論し、ひとつの詩の系譜を立てているのです。

 中也の詩に繰り返し歌われる「倦怠」や「憔悴」は、いままで述べて来たような詩論の二律背反性を考えれば、不可避的なものであったと、容易に理解出来るだろう。しかし、ここまでして中也が表現したかったものは、まさにことばでは表現できないものであった。そこで中也がとった方法は、運命に殉じる自らの姿をそのまま詩にすることであった。それこそが詩人としての運命に殉じる姿、つまり〈述志〉の系譜と、それによって生じた「孤独」「倦怠」「悲しみ」といった詩の系譜なのである。
                (疋田雅昭『接続する中也』笠間書院、2007、136ページ。)

として、これらの「悲しみ」などのもとには「叫び」があるとまとめています。
中也の「叫び」については、

 芸術に始原がありとして、それは何だか知ってゐるか?――「叫びたい」ことだ! 而《しか》も所謂《いわゆる》喜怒哀楽――即ち損得によつて起る喜びと悲み――を叫びたかつたのではなく、かの生の歓喜だ! 即ち生が自然に溶解する時の寧ろ悲痛な声だ!
                    (中原中也「詩と詩人」より抜粋。)

としていますので、これをうまく論だてているのですね。
特に脱帽したのは、「春の日の夕暮れ」と「いのちの声」の分析。素晴らしいです。

とても勉強になりました。これくらい書けたらいいなぁ~と密かな憧れを抱きつつ、
付箋を張り張りしていた2週間です。

模倣のルーツ

2008年11月03日 19:13

寒くなってきました
E.アウエルバッハの『ミメーシス』や、疋田雅昭の『接続する中也』なんかを読んでいると、
どーも文学作品にはどれにも「まず模倣ありき」というようなことが伺えます。
当然といえば当然なのでしょうが、オリジナルと思われるものでも
ルーツをたどっていけば前例があって、どれもその模倣から始まっている。
たとえば、今上野で開催中の琳派展でも、風神雷神の絵があるけれど、
もともとは伝統的に受け継がれてきた鬼や風神や雷神の絵があって、
それを俵屋宗達があの構図で屏風にして、
それを尾形光琳がトレースしながら「紅白梅図屏風」を完成させ、
光琳の風神雷神を模写した酒井抱一が「夏秋草屏風」を描き、
鈴木其一が「風神雷神図襖」で襖にアレンジ。
(これは受け売りですが/汗)

ランボーも前時代のロマン派の影響は受けているし、
バイロンも古典主義やギリシア・ローマの影響は大いに受けている。
中也もダダや象徴派、明治時代の詩の影響は大きいし、短歌だって。
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『御舟展』@平塚市美

2008年11月03日 01:33

『近代日本画の巨匠 速水御舟-新たなる魅力』展@平塚市美術館へ行ってきました。


平塚の御舟展4
今日の新発見。「燕子花」(1929)を含め、「御舟は黒の使い方がめちゃめちゃに巧い!」
この燕子花は完全にモノクロ(墨)ですが、別の作品では、
一見モノクロの絵画に見えても、薄い緑や金色が彩色されていて、
黒を引き立てているんですね☆
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『岡村桂三郎展』@鎌倉

2008年11月03日 00:10

一身四頭象
今日は、『岡村桂三郎展』@神奈川県立近代美術館(鎌倉)を見てきました。
最初はあんまり乗り気ではなかったのですが、
相方が「オススメ!!」というので、ついて行きました☆

行ってみればけっこう面白いような。
あんまり相性のいい絵というわけではありませんでしたが、
象の絵と兎の絵が特に印象に残りました。

さて、
象の絵を見ていると、ふと中原中也の「含羞」の一節、

をりしもかなた野のうへは
あすとらかんのあはひ縫ふ 古代の象の夢なりき


が頭をよぎりました。
その絵画の中の世界は、まるで古代の象が眼に焼き付けた何かを
我々に伝えようとしているかのようでした。
中也の一節が浮かんでくると、なかなか興味深い眼差しがこちらをみつめているではありませんか。
不思議なものですね~

笹塚さーん!(泣)

2008年11月02日 23:37

魔人探偵脳噛ネウロ (1) (ジャンプ・コミックス)魔人探偵脳噛ネウロ (1) (ジャンプ・コミックス)
(2005/07/04)
松井 優征

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週刊「少年ジャンプ」連載当初からかなりお気に入りの漫画『魔人探偵脳噛ネウロ』。
ヤコちゃんの食いっぷりも、ネウロの愛らしさぶり(?)も、大好きですが、
中でも最初から笹塚衛士のファンでした
低血圧な感じと動じない雰囲気が相俟って、かなり好きでした…

そっ、それなのに!!!!!!!><;

作者の松井先生に言いたい!
お願いだから来週号でどうか奇跡を…><;;;

あんまりです~~><
今週号(第180話)を読んでから、ショックすぎて仕事が手につかない(汗)
キャラから作品へのめりこむ性質(タチ)なので、今週の走馬灯の見開きはかなりキツイ(涙)
最後の笑顔が切なすぎる~~;_;(叫)

<『魔人探偵脳噛ネウロ』「笹塚衛士」関連リンク>
アニメ登場人物紹介 笹塚衛士
Wikipedia 魔人探偵脳噛ネウロの登場人物
魔人探偵脳噛ネウロ資料館


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