ぬいぐるみのライオンになれれば

2009年06月28日 15:46

4月の新宿09の12
自分を、現在300円でギフトショップに売っていた10センチ程度の黒猫のぬいぐるみとします。
理想像を、本物の百獣の王でたてがみも立派なライオンだとします。
果たして20年後には子供のライオンのぬいぐるみくらいにはなれるでしょうか…(汗)

昨日は日本バイロン協会の年に一度の談話会でした☆
Y先生がいらっしゃっておられなかったのが激しく残念。
でも、田吹先生や東中先生にもお目にかかれてHappyBrilliant.
特に、田吹先生には重ね重ねお世話になっているので、恐縮です~><;

田吹先生著チャイルド・ハロルドの巡礼―注解 (第3編)→丸善書店の『ヨーロッパ夢紀行』もオススメ!! 詳しい日本語訳がびちッと入っているから、『ハロルド』第3編を理解しやすいです!
東中先生著チャイルド・ハロルドの巡礼―物語詩←この訳は読みやすくってイイ!! 是非是非ご覧ください!

特に、あの笠原先生のお話が聞けたのはまたLucky!!
笠原先生のお話は、とっても分かりやすいです~!(足りない頭にもちゃんと分かるのだ!)
バイロンの『貴公子ハロルド』(←この言葉は笠原先生が作った訳語ということが判明)第4編のアポロ像ついてのお話でした。

1912年のミルマン(Henry Hart Milman1791-1868)による「ベルヴィデーレのアポロ」(The Belvidere Apollo)という作品にそのソースを採っているということで、この作品を朗読なさいました。笠原先生の朗読は、はっきり言って、すごい。ロマン派学会の西山先生の朗読もすごいけど、笠原先生は声もカッコイイから、なおすごい。。。と思います。……あたしもオフィーリアのセリフくらいは、オフィーリアっぽく読めるようになりたいなぁ……。
そして、アポロ像に恋して狂死した乙女の系譜について丁寧に精密にたどってくださいました。ピグマリオンとの相違についても触れられました。

そして話は狂気へと。19世紀初頭、狂人に対する考え方として、「狂人というのは外見しか人の形をしていない」というものがありました。で、先生はそこから狂気を人間精神の廃墟と見なす考え方を提示されました。そういえば、フランスでも19世紀の女性の狂人に対する考え方は、そんなのがあったような気がします~(曖昧)。

先生の研究の緻密さ、朗読、論立て、…研究者としての王者の風格。。。
あんなふうになれたらいいなぁって、仮定法。
多分、If she were a bird, she could fly in the sky.なんてつまんない例文よりもずっと不可能な気がする。。。><;
せめて、せめて、ぬいぐるみくらいにはなりたいものです姫系キラキラ

対訳 バイロン詩集―イギリス詩人選〈8〉 (岩波文庫)対訳 バイロン詩集―イギリス詩人選〈8〉 (岩波文庫)
(2009/02)
笠原 順路

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6月の夜に思うこと

2009年06月26日 18:32

ちいさいおはなたち09春

「またですか?」ってつっこまれそうですが、どうしても昨日の夜から書きたくてしょうがなかったんで、見てやってください。




【初夏の夜に】 中原中也 作

オヤ、蚊が鳴いてる、もう夏か――
死んだ子供等は、彼の世(あのよ)の磧(かはら)から、此の世の僕等を看守つてるんだ
彼の世の磧は何時でも初夏の夜、どうしても僕はさう想へるんだ。
行かうとしたつて、行かれはしないが、あんまり遠くでもなささうぢやないか。
窓の彼方の、笹藪の此方(こちら)の、月のない初夏の宵の、空間……其処に、
死児等は茫然、佇み僕等を見てるが、何にも咎めはしない。
罪のない奴等が、咎めもせぬから、こつちは尚更(なほさら)、辛いこつた。
いつそほんとは、奴等に棒を与へ、なぐつて貰いたいくらゐのもんだ。
それにしてもだ、奴等の中にも、十歳もゐれば、三歳もゐる。
奴等の間にも、競争心が、あるかどうか僕は全然知らぬが、
あるとしたらだ、何れにしてもが、やさしい奴等のことではあつても、
三歳の奴等は、十歳の奴等より、たしかに可哀想と僕は思ふ。
なにさま暗い、あの世の磧の、ことであるから小さい奴等は、
大きい奴等の、腕の下をば、すりぬけてどうにか、遊ぶとは思ふけれど、
それにしてもが、三歳の奴等は、十歳の奴等より、可哀想だ……
――オヤ、蚊が鳴いてる、またもう夏か……

                           (1937.5.14)
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Coleridge:"Kubla Khan"ほか@イギリス・ロマン派講座

2009年06月21日 15:12

4月の新宿09の11

毎年5月末から6月上旬にかけて開催されているイギリス・ロマン派学会主催の「イギリス・ロマン派講座」にはここ数年律儀に顔を出しているのですが、今年は怠け心が頭をもたげ、3回あったうちの最後の1回だけ行くことにしました。

2009年6月20日、テーマは、①Coleridge:"Kubla Khan"――その解釈とマルコ・ポーロとの関連 ②イギリス・ロマン派とStatuesqueness(Ⅱ)。①は専修大学教授の道家先生が、②は早稲田大学の西山先生がお話されました。

西山先生のお話は、実はもう随分たくさん聞いてきましたが、忘れられないのがテニスンのシャーロット姫についてのお話と、キーツの「つれなき美女」についてのお話。以来、先生のお話はなるべく機会を逸しないようにしてます。。。いつだったか、笠原先生とのコンボのときは、一日が異様に充実していたような記憶があります。

①コールリッジ「クブラ・カーン」の解釈
テクスト読後感→なんだかいろーんなことを書きすぎてて、イメージがまとまってないような気がしました。。。でも、道家先生のこの作品に対する解釈は面白かったです。
で、「クブラ・カーン あるいは夢の中の光景、「断片」」について。
(1)想像力説の実践
 コールリッジの言及している第1次想像力は、実際にあるものを組み合わせて別世界を創りあげる力のこと。現実に存在しないから価値がないというのではなく、芸術家はないものを創造してそれに価値を与える。
(2)作品創造のプロセスと理想の芸術
 作品中の<川>が想像力の源泉。心の中でうずまいていて、これが泉のように噴出する。噴出したものが、<宮殿>(=創造)であり、<乙女>(=詩神/インスピレーション)である。
  c.f.ワーズワス「いい詩は力強い感情の自発的な噴出物だ」
(3)Paradise(コールリッジが独自のものを作り出そうとした)
 ミルトンの『失楽園』の影響は勿論大きいが、それ以外にもサウジーの「破壊者サラバ」や『パーチェス旅行記』に掲載されたマルコ・ポーロの記事などの影響を受け、それらをパッチワークするようにして生み出された楽園が、コールリッジの「クブラ・カーン」じゃないかという指摘。

「クブラ・カーン」は『失楽園』のような大傑作ではなく、「断片」にすぎないけれど、かけている部分を読み手が想像することで完全なものにし、永遠性を示す一要素となっている。だから、「断片」ということが大切なんだそうです。

②イギリス・ロマン派とStatuesqueness(Ⅱ)
前回(昨年6月14日)の「イギリス・ロマン派とStatuesqueness 」に引き続いての講演。前回は先生のお話が凄すぎて時間内に収まりきらなかったのが残念だったのですが、今回はそれを先生が意識されてのご講演となりました。
で。……結論は、19世紀初頭のエルギン・マーブルズ(エルギン興という人が財をはたいてギリシアから彫刻を買い取ってイギリスにもって帰ってきた、その古代の彫刻や遺産など)の欠片は、欠片から全体を想像するという<想像力>がロマン派の作品に影響を与える要素の主軸となっていった…ということだったと思うのです。……が。すいませんsn
一生懸命メモとったんですが……自分の頭が足りないばっかりに、整理し切れませんでした…汗
でも、ペインナイトの「湯からあがるヴィーナス像」にまつわるお話とか、バイロンの『ハロルド』第4編とギリシアの剣闘士の彫刻の関連性のお話とか、「精神と完璧な容姿の融合/結合」という審美眼のお話とか、ゲーテが彫刻の模造品に感激した話とか、かなりワクワク聴いていたんです。><; でも、でもっ、…T-T;; 頭が足りなくてっ…><; 本当にすいません><;

先生方にお願いです。
特に、京都大学とか東京大学とか、名だたる大学で教鞭を採られている先生方に、特に。
どうか、公開講座のときは、足りない子もいるので、もうちょっとゆっくり、わかりやすくお話してくださいっ><; m(_ _;;)m

総じて、とっても興味深いお話がいっぱい詰まった一日でした☆

対訳 コウルリッジ詩集―イギリス詩人選〈7〉 (岩波文庫)対訳 コウルリッジ詩集―イギリス詩人選〈7〉 (岩波文庫)
(2002/01)
コウルリッジ

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デュマ・フィス『椿姫』読了

2009年06月20日 22:11

椿姫 (新潮文庫)椿姫 (新潮文庫)
(1950/12)
デュマ・フィス

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 棺がすっかり掘り出されると、警官は墓堀り人夫に言った。
 「開けろ」
 人夫たちは、世の中でこれほど造作のないことはないとでもいうように、その命令に従った。
 棺は樫材でできていた。人夫たちは、蓋になっている上側の板の螺旋釘をはずしにかかった。ところが、湿気で釘がすっかり錆びついているので、棺の蓋が開くまでは容易なことではなかった。中には、匂いのいい草が詰まっていたのだが、それでも、たちまちいやな臭気がつんと鼻をついた。
 「ああ! ああ!」とアルマンはつぶやいた。顔色はいっそう青ざめてきた。
 墓堀り人夫でさえもがあとずさりした。
 大きな白い経帷子が死体を蔽うて、ところどころからだの曲線を描き出していた。この経帷子は片すみがほとんどすっかり腐って、そこに死人の片足がのぞいていた。
 わたしは気分が悪くなるような思いがした。今こうやって書いているときでさえも、あの光景の思い出がまざまざとよみがえってくるようだ。
 「さあ、急ごうぜ」と警官が言った。
 すると、ひとりの男が、手をのばして経帷子の縫い目をほどきにかかった。そして、端をつまみあげたかと思うと、いきなりそこにマルグリットの顔があらわれた。
 それは見るも恐ろしく、語るもすさまじい光景だった。
 両眼は、もはや二つの穴でしかなかった。くちびるは影も形もなくなり、そこにはかたくくいしばった白い歯が露出していた。ひからびた長い黒髪は、こめかみにへばりつき、両頬の緑色のくぼみを少し蔽いかくしていた。だが、わたしはこの顔の中にも、かつて幾度か見たことのあるあの色の白い、ばら色の、楽しげな面影を認めたのだった。
 アルマンは、その顔から目をそらすこともできずに、ハンケチを口にあてたまま、それをかみしめていた。[…]アルマンは身じろぎ一つしなかった。その目は、うつろになった墓穴に釘づけにされていた。顔色は、今見た死体のように青かった……まるで化石してしまったかのようだった。

(デュマ・フィス『椿姫』新庄嘉章訳、新潮社[新潮文庫]、1950・2008年、79-81頁より抜粋。)

新潮文庫のキャンペーンキャラクター「Yonda?」くんのグッズ欲しさに、ついつい手を出してしまう新潮文庫で読破しました。第18節までほとんど主人公マルグリット・ゴーチエにもアルマン・デュヴァルにも共感できずに、「つまんないかなー」と思いながら読んでいたのですが、第18節から第20節のマルグリットの心意気にはちょっと動かされました。352頁から先、アルマンのマルグリットに対する感情や仕打ちはなかなか分かるような気もしないでもないような。これを読んでいるときに、ランボーの『地獄の季節』の「錯乱Ⅰ」の第16段落が浮かびました。

『ほら、あそこに品のいい若者が、いかにも美しい静かな屋敷に入ってゆくのが見えるだろう。あいつの名前は、デュヴァルか、デュフールか、アルマンか、モーリスか、まあそんなところだ。ひとりの女が、あのやくざな馬鹿者に心底いれあげて惚れてしまったのだ。その女は死んでしまったが、今ではきっと天国で聖女になっているだろう。あいつがその女を死なせてしまったように、いずれおまえがおれをくたばらせるだろう。それがおれたちの運命なんだ、慈悲にあふれた心の持ち主であるおれたちのな……』(宇佐美斉訳『ランボー全詩集』筑摩書店[ちくま文庫]、279頁より抜粋。)

愛しすぎたがゆえに、女の思いやりを推測することもできずに、嫉妬に狂い、女を破滅に追いやってしまったアルマン。語り手はそんなアルマンに破滅させられたマルグリット(=女)に地獄の夫を、破滅させるやくざな男(=アルマン)を狂気の処女にたとえ、地獄の夫をして必死に愛するだけの狂気の処女を皮肉っているんですね。

彼らの結末が、物語の冒頭で引用される惨めな女の死体(記事冒頭の引用参照)。ゴシック小説の一場面をさえ想起させる、非常に怖ろしい墓堀の場面です。このアルマンの反応こそ、愛するものを破滅に追いやった人間の、自分の粉々になった愛の夢を直視したときの反応なのかもしれません。

Learn To Do It

2009年06月14日 17:26



ドイツ語で聞くと、なんだかオペラでも見ているような気がするんですが、それはそれで面白いかも。
自分たちで歌うとなると、重唱のところがちょっと工夫いるかもですが(笑)、なんとなく楽しい気持ちになる歌ですね。映画『Anastasia』の「Learn To Do It」です。

先日、若い子たちが歌ってくれました。自分は疲れてへとへとだったけど、彼女たちの歌がとても上手で元気いっぱいで、おかげさまでちょっと元気になれましたheart
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入鹿の命日

2009年06月12日 23:49

通学路の紫陽花
今日は乙巳の変の起きた日、つまり蘇我入鹿の命日。

学校の教科書では、ほとんど悪役扱いの入鹿。
645年6月12日、大化の改新。中大兄らによって蘇我が滅ぼされた日。
理由は、厩戸皇子(=聖徳太子)の息子山背大兄皇子を3年前に入鹿が滅ぼしたから。

実は、十代の子たちにこれを教えたり教える場面に出くわすたびに、いらいらする(笑)。

私の入鹿好きは、もうかれこれ15年。
最初は中大兄から入ったけれど、すぐに入鹿にはまっちゃった。

入鹿は、改革を推し進めた馬子の孫。
今で言ったらお金持ちのぼんぼん。
でも、馬子ほどの才気も器も人望もなかった、ただ古人皇子の言うがままになっていた、
いわゆる草食男子。

そんなイメージが、私の頭にはできあがっているのですでっかいハート
毎年、6月12日が来ると、飛鳥板蓋宮の隣にある首塚や、甘橿丘のことを思う。
きっと、冷たい雨が降っていただろう。
突然死を迎えた入鹿を目の当たりにした古人はどんな気持ちで逃げ帰ったんだろう。

なんだか悲しみの雨の幻が脳裏をよぎるんです。

斉明天皇とともに地獄に落ちたと言われている入鹿。
そのドラマチックな生涯に、今もなお、惹かれてしまいます。




蘇我氏の邸宅についてはこちら
入鹿のお家についてはこちら

明日香の王女 2 (プリンセスコミックス)明日香の王女 2 (プリンセスコミックス)
(1992/08)
河村 恵利

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↑↑※これは中大兄です!入鹿はもっとカッコイイから!
この漫画の入鹿はサイコーです!
ちなみに、入鹿にはまったのはこの漫画に出会う前です!!(本当に!)

ミルトン『失楽園』(下)読了

2009年06月11日 01:03

4月の新宿09の10

失楽園 下    岩波文庫 赤 206-3失楽園 下  岩波文庫 赤 206-3
(1981/01)
ミルトン

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この詩(物語)のなかで、いちばん人間臭かったのはアダムやイヴじゃなくてサタンだったっていうオチですね(笑)。

ここには、山、谷、川、森、野原がある、いや、陸があり、海がある、森の茂っている岸辺、岩場、洞穴、洞窟がある、――それらが次々に快い変化を示している! だがそのどこにも、わたしは己の住処も隠れ家も見出すことができない。周りの楽しい光景を見れば見るほど、内なる苦悩に苛まれる、――苛立たしいほど自分から懸け離れたものに囲まれている感じだ。」(91頁より抜粋。)

なんだかバイロンのハロルドの一節やマンフレッドの懊悩を聞いているような感じ。
これが(マリオ・プラーツの言うところの)サタニックヒーローの原型なのね…。

サタンがドラゴンに変貌を遂げるところは正直ちょっと怖かったけれど、こうして『神曲』(地獄篇)のラストに出てきたルシフェルになったなら納得。個人的にはサタン、「罪」、「死」の三者の描写に夢中になって読みふけりました。

擬人化っていう手法、本当に興味深いですね。
ちょっと夏休みにゆっくり調べられたらいいなぁ…(願望)。

『ぬらりひょんの孫』本誌第61幕

2009年06月09日 01:14

作成物のかずかず(笑)

なんだか月曜日は多忙につきかなり憂鬱なはずなんですが、ここのところ「少年ジャンプ」本誌で『ぬらりひょんの孫』が(個人的に)ヤヴァイことになってまして…ハート
テンションあがったまんま帰ってこない感たっぷり(笑)

牛鬼っ!!!ハート×2
なんかね、澄んだ瞳とかヤヴァイでしょー…ハート2つ

ちょっぴり『BLEACH』の浮竹隊長に風貌が似てそうですが(浮竹さんも好きだけど)、キャラが…。牛鬼のが熱い!!*>▽<*

ぬらりひょん(総大将)に一蹴されてしまう必死感が激しくラブです(笑)じーっ

明日あたり無印良品のカードケースにコラージュをつくって、下敷き作ってしまいそうな勢い(爆)。
どんどんドツボにはまっていきます…(続く)。
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ボードレール「パリの憂鬱」読了

2009年06月07日 04:24

4月の新宿09の9

「ぢあお前は患らつてゐなければ面白くないやうな麻痺状態になつてしまつたのかい? そんなになつてゐるのなら、『死』にそつくりな国へ逃げて行かう――万事僕が呑み込んでゐるよ、可哀さうな魂さん! トルネオ行きの支度をしよう。いやもつと遠くへ――バルチク海の涯(はて)まで行かう。出来るなら人間の居ないところまで行かう。北極に住まう。そこでは太陽の光はただ斜めに地球をかすつて行くだけだ。昼と夜との遅(のろ)い交替が変化を無くしてしまふ、そして単調を――虚無の此の半分を増すのだ。そこでは長いこと闇に浸ってゐられる。北極光は僕等を楽しませようと思つて、時々地獄の花火の反射のやうに薔薇色の花束を送つてくれるだらう。」
 遂に、突然私の魂は口を切つた。そして賢くもかう叫んだ、「そこでもいゝわ! 此の世の外なら!」

   (富永太郎『現代詩文庫 1006 富永太郎』思潮社、1975年、42ページより抜粋。)

富永太郎詩集 (1975年) (現代詩文庫〈1006〉)

ボードレール全詩集〈2〉小散文詩 パリの憂鬱・人工天国他 (ちくま文庫)ボードレール全詩集〈2〉小散文詩 パリの憂鬱・人工天国他 (ちくま文庫)
(1998/05)
シャルル ボードレール

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『ぬらりひょんの孫』第5巻読了

2009年06月06日 16:24

ぬらりひょんの孫 5 (ジャンプコミックス)ぬらりひょんの孫 5 (ジャンプコミックス)
(2009/06/04)
椎橋 寛

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牛頭丸の心意気に心酔しました(笑)。
表紙は四国の2人、『ぬらりひょんの孫』第5巻読了です~☆

最近、方々で若い男(の子)たち(小学生から大学生まで)の心意気が感じられず、苛立たしい思いをかみ締めて日常生活を送っています。「少年ジャンプ」はそんな少年たちに読まれているはずなのですが、こんな心意気はなかなか見れないのが現実。正直、牛頭丸見習って欲しい。爪の垢でも煎じて飲んで欲しい…(本気)。みんなには、こんな男の子に育って欲しいです。

牛頭丸と馬頭丸は、私の大好きな牛鬼組の若頭くんたち。大将の牛鬼は、言うまでもなくもうサイコーですが(笑)、あどけなさ残る牛頭丸と馬頭丸は可愛らしい感じです(妖怪だし、つっぱっているので、牛頭なんかはたまに怖いですが/汗、基本やんちゃなぼっちゃんたちです)。四国八十八鬼夜行の襲来によって、めちゃめちゃになっている奴良組のため、敵情偵察に向かった二人は、牛鬼の指示以外の行動に駆られ、結果としてボロボロになって帰還します。それが上のシーン(120頁より)。
「牛頭丸/ ゴメン… 僕のせいだ/ 君は…ボクの命令で動いたのに…/ こんな…こんなことになるなんて」(119頁)と、リクオくんに言われた牛頭丸。

うるせえっ… テメエの傷を…/ 人のせいにするとか思ってんのか オレがっ / オレの… 力不足だっ…」(120頁。)

カッコイー!!*>▽<*
言い訳しない! 人のせいにしない! こんなにボロボロになってんのに!!*T-T*
心底見習って欲しい! 

一方の牛鬼さんのセリフですが、…。じーっ
若… これは私が推薦したもの…/ これは…我々牛鬼組の責任」(121頁)
と牛頭丸を腕に抱えながら若(=リクオ)をかばい、自分を責める牛鬼ハート。あたしゃ、こういう男が好きなんだなぁ~…ハート
牛鬼のコマに異常に反応するようになってマス。。。(汗)
牛頭丸とは全然違う、個人的な意味で、カッコよすぎです~さとと-ピンクハート

ところで、牛頭馬頭密偵隊における<狸の踊り(?)&変装>(72頁)で、馬頭が「さすが牛鬼様 言われた通りにしたら…ごまかせた」って言っているのですが… 馬頭丸のカワイイ踊り、牛鬼はどうやって教えたんでしょー…?(笑)

<『ぬらりひょんの孫』関連記事>
・ 『ぬらりひょんの孫』第1巻感想
  (牛鬼登場姫系キラキラ
・ 『ぬらりひょんの孫』第2巻感想
  (牛鬼大活躍じーっ
・ 『ぬらりひょんの孫』第3巻感想
  (牛鬼の子供(人間)だったころのエピソードハート
・ 『ぬらりひょんの孫』第4巻感想
  (黒田坊大活躍ハート2つ
・ 『ぬらりひょんの孫』ジャンプ本誌59幕感想
  (若い牛鬼カッコイーハート

そしてハロルドはスペインからギリシアへ

2009年06月04日 01:13

スペインの女性3
【チャイルドハロルドの巡礼】第1編より、85連-93連
    バイロン作  Shallot B.訳

85.
さよなら、麗しいカディスよ! そうさ、永い別れだ!
おまえの城壁がどれほど丈夫に立ちはだかったか忘れられるはずがない。
すべてが変わりゆくとき、おまえだけが変わらなかった。
最初に自由になり、最後に屈服した。
そして、両軍が激突する戦乱の光景の只中で、
この地の民が血を流し、おまえの通りを染め上げるのを見たとしても、
敵の下に斃れたのはただひとりの裏切り者だけだった。
ここでは、貴族以外は、みな気高かった。
堕落した騎士以外、誰も征服者の鎖にすがりついたりしなかった!

86.
スペインの息子たちよ、このようにあれ! そして運命に抗うのだ!
決して自由ではなかった者が、自由を求めて戦う。
<裏切り>のこのうえない奴隷たちに誠意を尽くし、
王なき国民が力のない国家のために戦い、
指揮官が逃走するとき、隷属する者どもが戦う。
命以外何ひとつくれなかった土地を愛し、
<誇り>が自由へと通じる道を指差す。
戦いに挫折しても、戦場に戻り、叫びはまだ戦い、
戦いなのだ、「戦いは終局へと向かっている!」

87.
スペインとスペインの人々について知りたい者は、
さぁ、酷く血塗られた争いについて書かれたものならなんでも読みたまえ。
烈しい<復讐>が外敵にむかって駆り立てられるものなら何でも
そこでは、人命に反する行動をとる。
閃光を放つ三日月刀から隠し小太刀まで、
必要に応じてそれぞれの武器を鋳造する。
どうか彼が姉妹と妻を見守りますように。
どうか彼が呪われた圧制者を殺せますように。
そしてそんな敵が最も冷酷な行為に値するものでありますように!

88.
死者のための憐れみの涙は流れないのか?
血塗られた平原の破壊を見ろ。
女を虐殺して赤く染まった手を見ろ。
埋葬されない死体は犬にやれ、
餌食にする鳥の胃袋にはもったいなくても、
それぞれの死骸はハゲタカにくれてやれ。
白骨化した骨に、そしてどす黒い血痕に、
この戦場での背筋も凍る恐れで、永く印をつけさせるのだ。
こうすることによってのみ、我々の息子たちは我々の見た光景を理解するのだ。

89.
いや、しかし、ああ、非道な行為がなされているのだ。
新たな軍隊がピレネー山脈を下り、流入する。
情勢はまだ悪化し、事態はほとんど始まったばかりだ。
人間の眼が、遠い終焉を見越すことはない。
敗戦した国々はスペインを凝視する。もしスペインが解放されれば、
スペインはかつて残忍なピサロたちが軛につないだ土地よりも多くの土地を解放する。
奇妙な報復だ! 今やコロンビアの平穏は、
キトーの息子たちが受けた暴虐を償っている。
一方母国では、<殺人>がその大地を気ままにうろつきまわっている。

90.
タラベラで流れた血も、
バロッサの驚異的な戦いも、
なみなみとした死者数のアルブエラも、
その正当な権利をスペインには獲得させなかった。
スペインのオリーブの枝から害虫を取り除いてやれるのは、いつの日か?
血色の恥辱の苦役からスペインに息をさせてやれるのは、いつの日か?
フランスの強盗が略奪から足を洗い、
この土地のものではない自由の樹が、祖国の土に根付くまで、
どれほど多くの不穏な日が、夜に沈んでゆけばいいのか?

91.
ああきみ、わが友よ! 無益な嘆きが
僕の胸からあふれ出して、この歌に混じってしまう。
もし力強い兵士とともに、剣がきみを斃したのなら、
<誇り>は<友情>にさえ嘆くことを禁じるだろう。
しかしきみが、こうして栄誉を与えられることもなく、虚しく黄泉への道を下り、
ひとりの胸中を除けば、みんなに忘れられて、
血も流さずに、誇り高い死者たちと混じり合うのに、
一方で栄光がおびただしい数の卑しい兜に冠を被せるとは!
きみは何をしたんだい、そんなに穏やかな眠りへと落ちてゆくなんて?

92.
おぉ、私がもっとも幼いころから知り、もっとも崇めた者よ!
他に愛しい者がなかった心にとって愛しい者よ!
僕の甲斐なき日々からは、永遠に失われてしまったけれど、
夢の中では、どうか会っていただきたい!
<朝>はそっと<意識>の嘆きをかき起こし、
彼女の涙を新たにさせる。
そして<妄想>が、血も流れない棺のうえをつきまとい、
私の脆い肉体が生まれたところに戻り、
やがて悼まれ者も悼む者も、ひとつのまとまりに結び合わさって、横たわるのだ。

93.
ここでハロルドの旅の一節が終わる。
彼についてもっと知りたいひとは、
もしも今歌い紡いでいる者が、さらに書き散らせば、
将来書かれる一葉にいくらか消息が見つけられるだろう。
もう充分だって? 手厳しい批評家よ、まぁそう言うなって。
堪えてくれたまえ! そうすれば、彼が行くよう運命づけられていた土地で、
ギリシアとギリシアの技を蛮族が押し潰すまえの、
古い記念物がある土地で、彼が見たものについて、
きみにお聞きかせしようじゃないか。
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