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春の消息

2006年04月01日 01:48

fairytale of spring pink

【春の消息】 中原中也 作

生きてゐるのは喜びなのか
生きてゐるのは悲しみなのか
どうやら僕には分らなんだが
僕は街なぞ歩ゐてみました

店舗々々に朝陽はあたつて
淡い可愛い物々の蔭影
僕はそれでも元気がなかつた
どうやら 足引摺つて歩いてゐました

   生きてゐるのは喜びなのか
   生きてゐるのは悲しみなのか

こんな思ひが浮かぶといふのも
たゞたゞ衰弱てゐるせいだろうか?
それとももともとこれしきなのが
人生といふものなのだらうか?

尤も分つたところでどうさへ
それがどうにもなるものでもない
こんな気持になつたらなつたで
自然にしてゐるよりほかもない

さうと思へば涙がこぼれる
なんだか知らねえ涙がこぼれる
  悪く思つて下さいますな
  僕はこんなに怠け者
 タイトルが「春の消息」となければ、春だとわかる語彙が「淡い可愛い物々の蔭影」くらいしかないのですが、この一行があることで、春の切なさがぐっとクローズアップされていますよね。
 神経が衰弱すると、意識が朦朧として、生きていること自体が怪しくなってくる。わけもなく涙がこぼれてくる。
 ポジティブに生きようとすることと、それによって消耗する神経と、そういう矛盾した想いと言うのは、薄紅の花びらや、煌く光とともにあるもの――積極的に生きることの虚無感は否めないほどに美しく散る花びら。
 中也の生きていたころ、薄紅の花々は、やはり美しかったのでしょうか……?
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