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ia io, ia io! と ae ao, ae ao!の違い。

2006年04月07日 01:38

スミレの森の奥で

【ブリュッセル】 ランボオ作 中原中也訳
     七月。レヂャン街。

快きジュピター殿につゞける
葉鶏頭の花畑。
――これは常春藤の中でその青さをサハラに配る
君だと私は知ってゐる。

して薔薇と太陽の棺と葛のやうに
玆に囲はれし眼を持つ、
小さな寡婦の檻!……
          なんて
鳥の群だ、オ イア イオ、イア イオ!……
穏やかな家、古代の情熱!
ざれごとの四阿屋。
薔薇の木の叢尽きる所、陰多きバルコン、
ジュリエットよりははるかに下に。

ジュリエットはアンリエットを呼びかへす、
千の青い悪魔が踊ってゐるかの
果樹園の中でのやうに、山の心に、
忘れられない鉄路の駅に。

ギタアの上に、驟雨の楽園に
唱ふ緑のベンチ、愛蘭土の白よ。
それから粗末な食事場や、
子供と牢屋のおしゃべりだ。

私が思ふに官邸馬車の窓は
蝸牛の毒をつくるやうだ、また
太陽にかまはず眠るこの黄楊を。
              とにまれ
これは大変美しい! 大変! われらとやかくいふべきでない。

     *

――この広場、どよもしなし売買ひなし、
それこそ黙つた芝居だ喜劇だ、
無限の舞台の連なり、
私はおまへを解る、私はおまへを無言で讃へる。
 ランボオのこの作品、原文を読んでみると、中也の訳はあまり優れたものであるとは言えないように思うのですが、「イアイオ」の鼻歌を文字化した部分、実は中也の作品に、似た表現があるのをふと思い出しました。思い出して、その作品を弾いてみると、かなり違った情景を描いているので驚きです。


【冬の雨の夜】 中原中也作

冬の黒い夜をこめて
どしやぶりの雨が降つてゐた。
――夕明下に投げいだされた、萎れ大根の陰惨さ、
あれはまだしも結構だつた――
今や黒い冬の夜をこめ
どしやぶりの雨が降つてゐる。
亡き乙女達の声さへがして
aé ao, aé ao, aé ao, éo, aéo, éo !
 その雨の中を漂ひながら
いつだか消えてなくなつた、あの乳白のへう嚢たち……
今や黒い冬の夜をこめ
どしやぶりの雨が降つてゐて、
わが母上の帯締めも
雨水に流れ、潰れてしまひ、
人の情けのかずかずも
竟に密柑の色のみだつた?……


 中也の作品では、「アエ・アオ・アエ・アオ・アエオ・エオ」と、口の中の舌の位置が、低音で動いているし、何しろ「亡き乙女達の声」なので、暗い低音であるとも解釈できます。ところが、一方でランボオの作品では、「イア・イオ・イア・イオ」と、「イ」の音がかなり口の高い位置で発音されるため、明るい高音での鼻歌を描いている。季節も冬と夏という、対照的なシーズンですよね。
 きっと中也はランボオの作品からヒントを受けたのではないかしら、と思うのですが、実際作品化されてみると、全然昇華の仕方が違っていて、かなり面白い発見でした。
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