啄木の言葉たち

2006年04月22日 22:19

pierres bleues

石川啄木 作
『一握の砂』『悲しき玩具』より

薄れゆく 障子の日影
そを見つつ
こころいつしか暗くなりゆく

   *

しっとりと
酒のかをりにひたりたる
脳の重みを感じて帰る。

   *

新しき明日の来るを信ずといふ
自分の言葉に
嘘はなけれど――

   *

馬鈴薯のうす紫の花に降る
雨を思へり
都の雨に
 新潮文庫のものを読んでいますが、心なしか、啄木の歌は、『悲しき玩具』のものに収められているほうが、ずっと人間の心の奥を見詰めた歌が多いように思います。『一握の砂』では、「生きている」ことを謳歌する詩人の精神がいやおうなく読み取れて、私には少し前向きすぎたようで、「生」に対して若干嫌味さえも感じてしまいましたが、これが『悲しき玩具』では「生」の悲痛さと「生きていたい!」と願う心が見える歌が多く、深く心の琴糸に触れるものがありました。
 ちょうど色々とガックリすることの多い一週間の後半、嵐の直後の風と晴天の中で、電車が遅れまくった日に駅で立ったまま読んでいたので、尚更『悲しき玩具』に涙、涙…。以下の二首は、個人的に願うことを、啄木の言葉を借りて…どんな思いだよ。(ガクッ&涙)

誰か我を
思ふ存分叱りつくる人あれと思ふ。
何の心ぞ。

   *

かなしくも、
 病いゆるを願はざる心我に在り。
何の心ぞ。
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