バイロンの位置づけ

2006年05月07日 23:12

des azaleas rouges


 新たにカテゴリーを作って、ここを更新するという口実のもと、少しずつ自分の勉強を進めようと考え…怠け者の私でも、これなら少し勉強する気になるんじゃないかと。
 と言うわけで、第一弾は、バイロンのロマン派という中での位置づけについて。

バイロンという人は、最近私が考えるに、どうも歴史の渦の中で歪められたイメージを作られてしまったみたいなんです。「色男」「情熱の人」「英雄気取り」「ダンディ」…。太宰に至っては、「バイロン卿に化けそびれた泥狐」という文句を、小説の中で語り手に言わせてしまっている。きっとそういうイメージなんでしょうね。
 難しくは、「バイロンはイギリスロマン派の詩人の中では、少し特異な存在ですね」などと言われるし、一方「バイロンっていうのは、ロマン派の典型的な詩人ですね」と言われる。何だコレ、まったく反対のことを言われてるんじゃん。まったく、「ハァないわ~」。

 「大体ロマン派って、何なのですか?」 イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、欧州の19世紀に花開いた文芸潮流。「でも、それぞれの国に於けるロマン派の時代って、少しずつずれてやしませんか? バイロンはイギリスロマン派の詩人だって言うけれども、ワーグナーはドイツロマン派を代表する音楽家なんですよね? ユゴーやボードレールだってフランスを代表するロマン派の文豪・詩人じゃないですか。その差80年くらいありますよ。」

 私、最近思うのです。ロマン派って、19世紀全体を覆っていた文芸の大きな流れなんじゃないかって。細かくは写実主義とか象徴派とか自然主義とか、いろいろに分けられるのだろうけれど、根本的には自我の発露の時代だったのかな、って。バイロンも、シャトーブリヤンも、ランボーも、ワイルドも、ワーグナーも、ショパンも、みんな「自分の意識ありき」のような気がする。
 その中でのバイロン。英雄にある種の憧れを抱いていた時代の流れの中で、ギリシアへと向かって英雄を演じたバイロン。スキャンダルもいっぱいで、格好のネタだったバイロン。自我意識のモンスター。

 人がどう言おうと、私のバイロンはこんなヤツ。

 弱いフリしてみた。
 女の人にモテた。
 本当に好きだった人(2人)とは結ばれなかった。
 辛い人生をテキトーにやりすごした。
 テキトーな人生に飽きたので、ギリシアへ行った。
 英雄になった。
 でも最愛の娘とは再会できなかった。
 詩の描写は箆棒に得意だった。
 ヨーロッパ人にウケた。
 キライな奴は徹底的にコケにした。(奥さんも含め)
 
 強さはホンモノだった。

 強くなかったら、辛いことがいっぱいありすぎたはずの人生を、あんなにやり過ごすことなんて出来なかったはず。その「強さ」が、19世紀のヨーロッパ人には憧れられたんだと思う。イギリスロマン派の詩人たちと少し距離を置いていたバイロン。そのせいか、フランスを初め、多くのヨーロッパロマン派の芸術家に受け入れられたバイロン。結局さ、バイロンの強さが、人の眼にはカッコ良く映ったんじゃないだろうか、と思うんです。
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