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『謎の豪族 蘇我氏』

2006年08月16日 00:01

謎の豪族 蘇我氏 謎の豪族 蘇我氏
水谷 千秋 (2006/03)
文藝春秋
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 少し前(6月ごろかな?)、この本をじっくり読む機会に恵まれまして。何を隠そう、丸の内のOAZO丸善で発見し、「これは私を呼んでいる!」と衝動買いしてしまったのですが、これが久しぶりに蘇我氏関係の本では久しぶりにマトモな研究書でした。しかも私みたいなミーハー素人でも、とっても分かるように書かれていて、親切。

 通例、蘇我入鹿は、悪役です。でも、日本書紀で悪役だっただけで、本当に「悪」だったかというと、甚だ疑問でした。蘇我という一族が、いかにして繁栄し、いかにして滅び、そして悪役とされたか。客観的見地から、丁寧な論証付けがなされていました。

 蘇我っていうのが先進文化を取り入れようとしたインターナショナルな一族で、そういう改革的路線というのは、いつの時代も初めは叩かれるもの。ことの発端はそこにあるようです。バラバラだった渡来人たちをうまくまとめ上げ、大王の下、土地の管理をバッチリ行い、仏教を取り入れ、新しい倭国を作ろうとしたのだと思います。馬子が推古女帝と若き聖徳太子とともに目指した先進国としての新しい日本。ところが、馬子亡き後、ひょんなことから入鹿が滅ぼすことになってしまった聖徳太子の息子・山背大兄皇子に対する同情と、「神聖な」聖徳太子の子を滅ぼしたということから悪役への道を歩む蝦夷・入鹿。

 この本の中では、蘇我が「私有地」をあまり有してはいなかったこと、いかにして蘇我が繁栄したかが、数字と文献からしっかり論証されています。蘇我の存在は、やはり推古女帝と馬子、そして聖徳太子の時代にしっかり身分を築いた馬子の存在が大きかったことがわかります。馬子さんってば、すごすぎる…蝦夷がコンプレックス持つのも納得。

入鹿図「悪役っぽい?」

 私はやっぱり、入鹿は非業の最期を遂げたんだと思います。蝦夷は推古女帝を支えた父のように、舒明・皇極両天皇とうまくいくことはなく…入鹿は、酒乱の父を見て、皇極女帝に近寄るも、その子中大兄に敵視され… 日本の黎明期に生きた大富豪の息子・入鹿が、何ゆえにこれほどまでに名を貶められなくてはならなくなったか。それは、聖徳太子の神聖視と中大兄の目指した、もう一つの改革路線によって、時代を下るにつれ、天智天皇と藤原氏、聖徳太子が「正義」とされたことによるものだと思ってしまいました。
 尚、上図は、Shallot筆・蘇我入鹿図。タイトルは、「悪役っぽい?(カッコイイだろ?)」。
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