オフィーリア・魂と水

2006年09月20日 06:15

 前回に引き続き、ちくま文庫『ローデンバック集成』から。

 こうして徐々に、石ころの発するゆったりとした助言にも我慢して耳を傾けるようになる。それゆえ私が想像するには、この静寂の中を歩いていたかもしれぬ残酷な、生まれたばかりの苦悩をはらんだ血まみれの魂は、もはやそれ以上生きまいとして、そこから、事物の秩序と共に逃げ出すのだ。近くの湖の岸辺で、魂は、シェークスピアの墓堀り人たちがオフェーリァについて語っていることの意味を悟るであろう。魂が水へと向かうのではなく、水の方から苦しんでいる魂を迎えにやって来るのであろうと! (「第Ⅲ部 ブリュージュ」p.401)

 オフィーリア大好きっ子としては見逃せない数行。しかもこの魂と水の位置関係から、ランボオの『イリュミナシオン』に収められている「大洪水のあと」のラストシーンを連想。魂が救いを求めて水に飛び込むのではなく、水のほうから魂を迎えに来る。ってことは、この語り手の解釈では、オフィーリアが水に飛び込んだんじゃなく、水のほうからオフィーリアを迎えに来たってこと…?

 …面白いじゃん。


ローデンバック集成 ローデンバック集成
ジョルジュ・ローデンバック (2005/09/07)
筑摩書房

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【オフェリア】 ランボオ作 中原中也 訳


星眠る暗く静かな浪の上、
蒼白のオフェリア漂ふ、大百合か、
漂ふ、いともゆるやかに長き面に横たはり。
遠くの森では鳴ってます鹿逐詰めし合圖の笛。

以来千年以上です真白の真白の妖怪の
哀しい哀しいオフェリアが、其處な流れを過ぎてから。
以来千年以上ですその戀ゆゑの狂い女が、
そのロマンスを夕風に、呟いてから。

風は彼女の胸を撫で、水にしづかにゆらめける
彼女の大きい面を花冠のやうにひろげます。
柳は慄へてその肩に熱い涙を落とします。
夢みる大きな額の上に蘆が傾きかかります。

傷つけられた睡蓮たちは彼女を圍繞き溜息します。
彼女は時々覺まします、睡つてゐる榛の
中の何かの塒をば、すると小さな羽ばたきがそこから逃げて出てゆきます。
不思議な一つの歌聲が金の星から墜ちてきます。


雪の如くも美しい、おゝ蒼ざめたオフェリアよ、
さうだ、おまへは死んだのだ、暗い流れに運ばれて!
それといふのもノルヱーの高い山から吹く風が
おまへの耳にひそひそと酷い自由を吹込んだため。

それといふのもおまへの髪毛に、押寄せた風の一吹が、
おまへの夢みる心には、ただならぬ音とも聞こえたがため、
それといふのも樹の嘆かひに、夜毎の闇の吐く溜息に、
おまへの心は天地の聲を、聞き落すこともなかつたゆゑに。

それといふのも潮の音が、さても巨いな残喘のごと、
情けにあつい子供のやふな、おまへの胸を痛めたがため。
それといふのも四月の朝に、美々しい一人の蒼ざめた騎手、
哀れな狂者がおまへの膝に、黙つて坐りにやつて来たため。

何たる夢想ぞ、狂いし女よ、天國、戀愛、自由とや、おゝ!
おまへは雪の火に於るがごと、彼に心も打靡かせた。
おまへの見事な幻想はおまへの誓ひを責めさひなんだ。
――そして無残な無限の奴は、おまへの瞳を震駭させた。


扨詩人奴が云ふことに、星の光をたよりにて、
嘗ておまへの摘んだ花を、夜毎おまへは探しに来ると。
又彼は云ふ、流れの上に、長い面に横たはり、
眞ッ白白のオフェリアが、大きな百合かと漂つてゐたと。
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