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喧嘩の結末

2006年09月28日 02:10

ランボー全詩集 ランボー全詩集
J.N.A. ランボー (1994/07)
青土社

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 青土社の『ランボー全詩集』(平井・湯浅・中地共著)から。

 そういう自明な「世界の見方」を根本的に疑うことなく、その枠組みに応じて思考し、推論し、判断を下している限り、キリスト教思想とプラトン主義の伝統に律せられた生活=人生のなかで、また西欧近代の文化と社会においても、失われ、不可能となっているなにものかに気づくことはないだろう。(p.547.下段)

 「失われ、不可能となっているなにものかを取り戻そうとする人間を「獣」とか「黒人」とかいう語で呼んでいる。」と、筆者の湯浅氏は述べている。確かに、ランボオの『地獄の季節』の語り手は、こういう西欧近代の文化と社会を客観的に観察し、そこから脱却を試みようとしている。そして、いくら『地獄の季節』の語り手が白人であることから脱却しようとしても、「キリスト教思想」と「プラトン主義」の伝統の影響からは逃れられない。

 …う~ん。 ランボオは、『地獄の季節』の中で、いわゆる白人文化に対するアンチテーゼを呈示してるとも言えるんじゃないかな。この「キリスト教思想」と「プラトン主義」にどっぷりつかって、それを客観的に観察したり、批判したりすることもなく、もう本当に疑いもなく、受容してしまって、でもそこで「失われ、不可能となっているなにものか」を感じながら、でも気付けなかったのがバイロンじゃないかな? う~ん。『マンフレッド』なんかを読んでいるとそんな気もする。『シヨンの囚人』とかでもそんな気がする。

 ところで、あの高校生の女の子たちの喧嘩の結末。結局勝手に怒っていたBさんが折れまして、可哀相だとは思いますが、Aちゃんから少し離れてもらいました。Aちゃんを含め、他のBoys&Girlsの雰囲気をかき回されるのは御免です。確かに、初めは二人の問題だったかもしれません。でも、この狭い人間関係の中では、既に二人の問題ではなくなってしまったのです。結末としては、最善と判断して、彼女を遠ざけた私が少し恨まれている気もします。でも、それはそうなる運命だったのだと、最善はこれ以外になかったのだと思いたいです。――でなければ、私もやっていられないし、当事者の一人であるAちゃんも、色々アドヴァイスをくれたCちゃんも、男の子たちも、やってらんないです。実際、Bさん彼女がイチバン良くわかっていると信じたいです…もともと素直な女の子だったんだから…。私は、辛い選択でしたが、これが最善だったと思いたいのです…。
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