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ワタシノユクエ

2007年08月25日 12:07

回廊の幻

下記の箇条書きは、フランス語の先生に頂いた柄谷行人「内側から見た生」(『漱石論集成』平凡社所収)の抜書きペーパーから孫引きです~

・個体は自己を犠牲することによってしかこの《社会》では生存することができない。
・漱石自身の実存:「堪えがたいほど切ないもの」「出口がないような残刻極まる状態」
・自己存在の無根拠性。自分のなかには何もない。
・この世界では個体は本質的な生存を許されないということである。

*   *   *   *

ランボーが詩の中に描き出す遠い自分の姿、巨大な氷の下に冷たくなって横たわり、音もなく、光もない、自分の姿。
あるいは、肉体は爛れ、蛆虫が内臓を這いずり回り、腐敗してゆく自分の姿… 花は枯れ、香は灰になる…

『天上の虹』(里中満智子著、講談社)で、十市皇女が「私は今日一日で百年も生きた」ようだと言っていたけれど、もうまさにそんな心地がする今日この頃。

さーて

ランボーの『地獄の季節』の論文の準備しよぅ!(←心の拠り所/笑)
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