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「知識の樹は生命の樹ではない」

2005年07月05日 12:55

 バイロンの『マンフレッド』の冒頭に、「知識の樹は生命の樹ではないのだ」という台詞がある。知ってしまうってことは悲しいことなんだ、だからいちばんよくものを知っている人は本当を知ってしまっているから、いちばん悲しいはずだ、って言うんです。
 自分の「どす黒い感情」に苦しむ姿は、『源氏物語』の六条御息所にもよく現れているけれど、夏目漱石の作品群にも、この「どす黒い感情」が分析されていると思います。羨望・嫉妬・・・。自分が何者かわからなくなる攻め際まで、「私」という自我意識に苛まれなくてはならない主人公たち。そして、その先の姿は、どうやらバイロンの『マンフレッド』冒頭の、冷めた眼へと変わってしまうように思われます。
 一度冷めてしまえば、もう何が起こっても動じない。人は人、どころか人間全体を冷めた眼で見つめざるを得なくなってしまう。そうなったとき、本当に大切な人とのつながりだけが意味を持ってくる…。マンフレッドの場合、アスタルテとのつながりの中だけに自分を見出すことができたけれど、アスタルテがいなくなってしまったから、自分を厭う気持ちが促進されたように思われます。
 漱石に見られる「どす黒い感情」は、「知識の樹は生命の樹ではない」という、冷めた眼=永遠の眼をもてるまでの、生成過程ではないかと思います。
 個人的に言うと、「どす黒い感情」を知ると、「自分の正体」がわからなくなる。そして、それを脱却すると何か違ったものが見えて来たように思います…。今は、マンフレッドの心が痛いほどよく理解できたりして…☆
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コメント

  1. イーゲル | URL | -

    嫉妬というと

    嫉妬というとフォークナーの『嫉妬』という
    作品がありました。家庭的な良き妻に対し、自分以外の男性と浮気しているのではないか、いわれのない不安と憤怒で自分のみならず、妻までも苦しめます。それを解消するために余所へ移り住み、新婚時代のような生活を送ろうと決意するのですが、一人の若造が関わったことで夫の嫉妬心が暴発し、若い男を銃殺してしまうんです。
    うっかりネタばれがちに書いてしまいましたが、制御できない気持ちってやっぱりあるんですかね。
    幸い、今んとこは後先考えずに殺っちまいたいという気持ちにはならずに済んでますけれど。


  2. Shallot B. | URL | GosGM5ns

    Othello

     イーゲルさん、コメントありがとう御座いますっ!*^-^*
     フォークナーは名前くらいしか知らなくて…(アメリカ文学とロシア文学にはかなり疎い…/滝汗)、でも、「嫉妬」という主題は多く見かけますよね。「嫉妬」って言うと、どうしてもシェイクスピアの『Othello』を思い出してしまうのですが。
     なんか、この感情を自分の中に見出した時って、切ないような、情けないような心持ちにさえなってしまいますよね。(文学の時は、間男とかってけっこう面白い役回りだなぁ~なんて、スタンダールの『赤と黒』じゃあるまいし/笑)

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