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青い柳を歌いましょう

2008年05月17日 20:22

晩春雨歌7

樹のかげ あの娘はすわります
かわいそうに溜息ついて
青い柳を歌いましょう
胸に手を置き 頭を膝に
歌え 柳 柳 柳の歌を
そばを流れる 澱まぬ流れよ、あの娘のなげきを囁いて
歌え 柳 柳 柳の歌を
流れて落ちた辛い涙、硬い石をやわらかにする
歌え 柳 柳 柳の歌を
私の額を飾るはずの 青い柳を歌いましょう
どうか彼を責めないで、蔑みは私のせいだから
私の恋はまちがいと 私は認め、彼は言った
歌え 柳 柳 柳の歌を
俺はいろんな女と遊ぶ おまえもいろんな男と寝るだろう


注)
娘:こ
溜息:ためいき
頭:こうべ
澱まぬ:よどまぬ
囁いて:ささやいて
辛い:つらい、からい(どちらでもOK)
額:ひたい


Othello DVD

今日は、シェイクスピアの『オセロー』のビデオを見ました。
なかなかカッコよかったです。

ヴェルディのオペラを数週間前にDVDで見たのですが、どうしてもオペラだと
歌い手のほうが重要です(そりゃそうだ/汗)。デズデモーナやオセローの年齢は、
10代後半~20代くらいだと思いたいのですが、オペラだとそうはいかない…(汗)

個人的な話をすると、学生だったとき、オセローを授業で読んだのですが、
そのときからずーっとキャシオが大好きでした。
イアーゴにいいように使われて、オセローの嫉妬の的となってしまうし、
酒に弱くて、飲むと態度が横柄になる。すぐ暴れる。
そのくせ色男の要素は充分だし、最後はキプロスの総督になるくらいしっかりしてるし、
オセローとデズデモーナの結婚前には恋の道をとりもってやったりもしたし(いい奴!)。
で、好きな場面は、やっぱり「柳の歌」の場面でした。
涙が出てくるくらい切ない。
デズデモーナの一途さとエミーリアの恰幅の良さ+おばちゃんの愛らしさ
(エミーリアはそんなこと言うけど、かなり一途な立派なおばちゃんだと思いました)が
とても好きでした。オペラと前後して、ちくま文庫の松岡和子訳を読み、
現代感覚の中で、『オセロー』はどんな言葉になっているのかドキドキでした。

今日は映画。1995年の、カッコイイ映画です。
「柳の歌」の場面で、デズデモーナが歌います。
歌の背景で、チラッと草むらから輝く海へ向けたショットが入ります。
そこにはオセローのシルエットが浮かび上がります。
「柳の歌」を歌うデズデモーナ。デズデモーナの「浮気の確信」に苦しむオセロー。
二人の間には、お互いを愛するこころがあり、
それゆえに誤解をして、苦しむオセローと、
あらぬ疑いで八つ当たりをされて苦しむデズデモーナ。
二人が愛しあっていなければ、イアーゴの虚言は「毒」にはならないのだから。

「オセローは愚かすぎる」とか、「デズデモーナは信じすぎ」とか、
簡単な言葉でバッサリ切ることはできるけれど、
オセローは黒人の軍人であり、デズデモーナは白人の貴族の令嬢であり、
キャシオは白人の軍人で貴族で、イアーゴはキャシオとオセローを憎んでいる。
人間の立場や感情って、その人を拘束するものでしかないし、
そういう拘束を乗り越えられるような人は、まずいない。

シェイクスピアの原作もさりながら、
この映画は、現代の人が「愛」について考えることを、
映像のこまかな切り替えで表現していると思います。
シェイクスピアの時代が16-17世紀、台本の舞台は14世紀、
でも今見るのは21世紀の私たち。
それぞれの時代に「恋愛」のルールがあり、「恋愛」の感覚があり、
それはすべて異なっている。でも、違わないのは「人間」。
この映画で「恋愛」のかたちがひとつ、見えてくるのではないかと思います。

Othello (1995)Othello (1995)
(1997/02/04)
Laurence Fishburne、Ir醇Qne Jacob 他

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オセロー―シェイクスピア全集〈13〉 (ちくま文庫)オセロー―シェイクスピア全集〈13〉 (ちくま文庫)
(2006/04)
松岡 和子

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