スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

白い凧

2008年09月04日 01:55

志賀高原川と小黄花
[…]硝子障子から外をみると、枯草の野ッ原の中で子供が三つ凧を揚げてゐる。
どれもこれも白い菱形の小さな凧で、僕の魂の如くはかなく風に浮揚してゐる。
枯草は針金のやうに硬くて、トゲトゲとした檜か何かの森が遠くに見える。
                 (中原中也「引越し」より抜粋)



1935年3月23日の日付が最後に入っているので、これが正しければ、死ぬ1年半前に書かれた原稿ということになりますね~。『在りし日の歌』の中に収められているいくつかの詩には、魂が空にふらふらと浮かんでいるようなイメージをかもし出すものもいくつかあったような。

以前みたレバノン映画『ラミアの白い凧』(The Kite)も、ラミアを凧に喩えているような、そんな表現も見られましたが、もしかすると、人間の魂を凧へと投影するという技は、ある意味で連想しやすいものなのかもしれませんね。「糸の切れた凧みたいに」なんていう表現は、ここかしこでお目にかかりますが、人の精神状態を凧へ投影するのは常套手段でしょうか。

ともあれ、美しい詩的表現には違いないです~。
関連記事


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://sousleau.blog5.fc2.com/tb.php/486-e3ebb42b
    この記事へのトラックバック


    Articles


    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。