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『マーク・ロスコ 瞑想する絵画』@川村記念美術館

2009年05月23日 21:55

4月の新宿09の7

千葉県佐倉の川村記念美術館には、何回か行ったこともあり、常設展の作品ではエルンストの「石化せる森」というのが大好きなので、それを見るだけでも嬉しいんですが、今回はあのロスコ・ルームが企画展になって拡大版だというので、見に行ってきました。

題して、「マーク・ロスコ 瞑想する絵画」。(6月7日日曜日までの開催。)はろるど・わーどでも随分前に取り上げられた、立派な絵画展の模様

抽象絵画の場合、私にとって見やすい絵画というのは、おおかた想像力が働く、何らかのドラマが見いだせる絵画であり、以前同美術館で見たリヒターの展覧会は、が書けちゃうほどお気に入りの展覧会でした。

何度も同美術館が設置しているロスコ・ルームには訪れているのですが、今まで照明が暗くて、<何か>が出てくるような、不気味な感じしか受けず、あまり感銘を受けることもなく、退屈だったことが多い作家だったんですね。

で、今回、明るく&広く展示してあるというので、あんまり期待せずに見に行きました。

いいじゃないですか~!!

赤や朱や黒の微妙に色彩の異なるいくつものフレームが、手書きの筆による形の歪みから、向こう側に<何か>を想像させるような空間が出来上がっていました。一枚一枚の絵画自体が何らかの完成を示すのではなく、複数枚を広く明るい空間に掲げることで、フレームのひとつひとつの向こう側が見えてくるんですね。

私の脳裏によぎったのは、朱のフレームの向こう側には、煮えたぎるような若さの溢れる世界。黒には「死」や「悪魔」や、まぁ言ってみれば冷たく凍えた地獄の世界(地獄は炎に焼かれるっていうけれど、どっちかっていうと『神曲』の最下層部の暗黒の世界のような…深淵が見えました)。背景の小豆色とほとんど同じ色で書かれた「消えかけ」のフレームのむこうには、むしろ空間の歪みが見えました。空間って、あのフレームが出現したり消滅したりすることで、向こう側があったり消えかけたりしているように思えるんですね。

いちばんいいなぁ、って思ったのは朱のフレームだったんですが、いちばん心に響いたのは、赤いフレームでした。

赤って言うと、どうしても「愛」とかそっち方面を浮かべそうな感じもしないでもないんですが、この深い赤は、ランボーの『地獄の季節』の一節に出てくる「悲しみの楽園」を想起させました。撞着語法のこのことば、愛するひとと一緒にいるのが幸せであるはずなのに、その終わりや結末が見え隠れする刹那的な幸福を表現する「狂気の処女」(「錯乱Ⅰ」)のことばです。ただの赤い、しっかりと枠組みがひかれているフレームだったら、「深い愛情」とか、もっとポジティブなものに表象できるような気もするんですが、あの深い赤は、そしてフレームの脆弱さは、そんな簡単な、安直な言葉では言い表せないように思いました。

苦手だったロスコの抽象絵画。
なんだかちょっとだけ好きになりました☆
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