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デュマ・フィス『椿姫』読了

2009年06月20日 22:11

椿姫 (新潮文庫)椿姫 (新潮文庫)
(1950/12)
デュマ・フィス

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 棺がすっかり掘り出されると、警官は墓堀り人夫に言った。
 「開けろ」
 人夫たちは、世の中でこれほど造作のないことはないとでもいうように、その命令に従った。
 棺は樫材でできていた。人夫たちは、蓋になっている上側の板の螺旋釘をはずしにかかった。ところが、湿気で釘がすっかり錆びついているので、棺の蓋が開くまでは容易なことではなかった。中には、匂いのいい草が詰まっていたのだが、それでも、たちまちいやな臭気がつんと鼻をついた。
 「ああ! ああ!」とアルマンはつぶやいた。顔色はいっそう青ざめてきた。
 墓堀り人夫でさえもがあとずさりした。
 大きな白い経帷子が死体を蔽うて、ところどころからだの曲線を描き出していた。この経帷子は片すみがほとんどすっかり腐って、そこに死人の片足がのぞいていた。
 わたしは気分が悪くなるような思いがした。今こうやって書いているときでさえも、あの光景の思い出がまざまざとよみがえってくるようだ。
 「さあ、急ごうぜ」と警官が言った。
 すると、ひとりの男が、手をのばして経帷子の縫い目をほどきにかかった。そして、端をつまみあげたかと思うと、いきなりそこにマルグリットの顔があらわれた。
 それは見るも恐ろしく、語るもすさまじい光景だった。
 両眼は、もはや二つの穴でしかなかった。くちびるは影も形もなくなり、そこにはかたくくいしばった白い歯が露出していた。ひからびた長い黒髪は、こめかみにへばりつき、両頬の緑色のくぼみを少し蔽いかくしていた。だが、わたしはこの顔の中にも、かつて幾度か見たことのあるあの色の白い、ばら色の、楽しげな面影を認めたのだった。
 アルマンは、その顔から目をそらすこともできずに、ハンケチを口にあてたまま、それをかみしめていた。[…]アルマンは身じろぎ一つしなかった。その目は、うつろになった墓穴に釘づけにされていた。顔色は、今見た死体のように青かった……まるで化石してしまったかのようだった。

(デュマ・フィス『椿姫』新庄嘉章訳、新潮社[新潮文庫]、1950・2008年、79-81頁より抜粋。)

新潮文庫のキャンペーンキャラクター「Yonda?」くんのグッズ欲しさに、ついつい手を出してしまう新潮文庫で読破しました。第18節までほとんど主人公マルグリット・ゴーチエにもアルマン・デュヴァルにも共感できずに、「つまんないかなー」と思いながら読んでいたのですが、第18節から第20節のマルグリットの心意気にはちょっと動かされました。352頁から先、アルマンのマルグリットに対する感情や仕打ちはなかなか分かるような気もしないでもないような。これを読んでいるときに、ランボーの『地獄の季節』の「錯乱Ⅰ」の第16段落が浮かびました。

『ほら、あそこに品のいい若者が、いかにも美しい静かな屋敷に入ってゆくのが見えるだろう。あいつの名前は、デュヴァルか、デュフールか、アルマンか、モーリスか、まあそんなところだ。ひとりの女が、あのやくざな馬鹿者に心底いれあげて惚れてしまったのだ。その女は死んでしまったが、今ではきっと天国で聖女になっているだろう。あいつがその女を死なせてしまったように、いずれおまえがおれをくたばらせるだろう。それがおれたちの運命なんだ、慈悲にあふれた心の持ち主であるおれたちのな……』(宇佐美斉訳『ランボー全詩集』筑摩書店[ちくま文庫]、279頁より抜粋。)

愛しすぎたがゆえに、女の思いやりを推測することもできずに、嫉妬に狂い、女を破滅に追いやってしまったアルマン。語り手はそんなアルマンに破滅させられたマルグリット(=女)に地獄の夫を、破滅させるやくざな男(=アルマン)を狂気の処女にたとえ、地獄の夫をして必死に愛するだけの狂気の処女を皮肉っているんですね。

彼らの結末が、物語の冒頭で引用される惨めな女の死体(記事冒頭の引用参照)。ゴシック小説の一場面をさえ想起させる、非常に怖ろしい墓堀の場面です。このアルマンの反応こそ、愛するものを破滅に追いやった人間の、自分の粉々になった愛の夢を直視したときの反応なのかもしれません。
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