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『川瀬巴水と吉田博 -日本の風景・世界の風景-』展@豊洲

2009年07月20日 20:42

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東京は豊洲のららぽーとの中にあるこじんまりした美術館「平木浮世絵美術館 UKIYO-e TOKYO」へ行ってきました! 大好きな川瀬巴水の展覧会です☆

巴水の絵を見ると、いつもどことなく目頭が熱くなるような気持ちになるのですが、今回も、「大宮見沼川」の夜景(上写真)を目の前にしたとき、何故か取り戻せない何かを心に感じて、いつしか目頭が熱くなりました。
蛍の多く飛び交う闇夜。民家の優しい明かりがぼうっと灯り、その緩やかな橙色の灯りはそばを流れる小川の水面へと影を落としているのです。前景には飛び交う蛍。こちらもまた優しい刹那の灯りを人の目に映し出している。消えては灯り、灯っては消え… まるでひとのいのちのひとつひとつが紡がれているように。
背景にはそそり立つ大木が民家に大きな影を落とし、画面の中心に重石のようにのっかっている。これがないと、この絵はきっとふわついた、うすっぺらなものになってしまうにちがいない。
その大きな影と暗い空の闇は、絵葉書でこそはっきり見分けられるけれど、実際肉眼では一生懸命見ないと分からないのです。なんという暗闇! 静かに流れる川の声が、ちょろちょろと聞こえてくるようでした。

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一方こちらは雪景色。
私が初めて見たときからどうしても中原中也の「生ひ立ちの歌」が頭から離れない作品が『雪に暮るる寺島村』ですが、今回もそれに匹敵する叙情を喚起させたのが、『高野山鐘楼』です。
きっと昭和の初期にはどこにでもあったかもしれない、懐かしいような風景。そこをひとり人の歩いた跡を辿ってゆく傘の姿。冷たい雪の中を、とぼとぼと歩き続けるそのひとの胸には、どんな思いがあったのでしょうか……。

中也や太宰の生きていた大正から昭和のころの風景。今ではすっかり失われてしまいました。失われたものは、かへってこない… 涙

と、ひとりりゅぅりゅぅとなみだ目になっていたら、相方が、「でもこの頃はきみの嫌いな男道がまかり通っていた時代だからね、きっときみは生きにくかったと思うけど(ニヤリプ)」傍でニヒルでした(汗)。sn

7月26日までの開催の模様。
是非ご覧あれです~!!ほっ
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