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吉本隆明『詩の力』読了

2009年09月18日 01:28

4月の新宿09の21

詩の力 (新潮文庫)詩の力 (新潮文庫)
(2008/12/20)
吉本 隆明

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通学路の本屋さんで衝動買いした一冊。
本棚でたまたま目に留まったんですね。
基本、私は古典(いちばん新しくて第二次大戦前後)しか読まないので、
詩もご多分に漏れず、現代詩は洋の東西を問わず全然読みません。
(↑北欧メロコアとかニューエイジの歌詞は別ですが。)

で、何を思ったか、ちょっとこんなアンソロジーっぽい本を読んでみました。
きっかけは、仕事場のパソコンが壊れて数日仕事にならないので、読書にふけろうかと。

本の中で、初めて出会った詩人さんたちがたくさんいました。
ちょっと気になった作品を書いてみますね。

①城戸朱理(きど・しゅり)の「銀の匙」の冒頭(116-117頁)。

 孤独だなどということは
 たかが知れていた。
 夢を見ることもなくなったから
 夢みられるように
 あてのない苦痛だけを
 卵のように抱いていた
 恐るべき原文(オリジナル)、自然よ
 読みえぬものよ
 ジュゴンがゆるやかに潜水して
 海の水が青さを増した。
 透明を重ね合わせた、
 その色が、今、透けて見えた。


著者によれば、「この詩人がやろうとしているのは、孤独ということをいろいろな形で表現したいということ」(119頁)らしい。でも、はたしてそれだけなのかな…? 私には、もっと多義的な、「孤独」だけではなく、それ以上に詩葉の中に流れている生命の音が聞こえてくる気がする。もっと脈々と静かに打ち続ける、人間の命の音。ひとりの人間が生存するために打ち続けられる、life/vieの音。その音を視覚化させたのが、この一編なのではないかしら。著者は「城戸さんの詩の言葉は、メロディーを持ちたくて仕方がないように読める」(120頁)と書いているが、それはつまりこの詩の言葉が音声を視覚化したものだからではないのだろうか?

②鮎川信夫(あゆかわ・のぶお)の「繋船ホテルの朝の歌」より(131-132頁)。

 窓の風景は
 額縁のなかに嵌めこまれている
 ああ おれは雨と街路と夜がほしい
 夜にならなければ
 この倦怠の街の全景を
 うまく抱擁することが出来ないのだ
 西と東の二つの大戦のあいだに生れて
 恋にも革命にも失敗し
 急転直下堕落していったあの
 イデオロジストの顰め面を窓からつきだしてみる
 街は死んでいる
 さわやかな朝の風が
 頸輪ずれしたおれの咽喉につめたい剃刀をあてる
 おれには掘割のそばに立っている人影が
 胸をえぐられ
 永遠に吠えることのない狼に見えてくる


とりあえず、カッコイイ! と思いました(笑)。
著者によれば、「現実を詩の中に導入」(133頁)したということですが、
実体験かどうかは別にして、語り手が胸をえぐられるような、焼きつくような感覚が多分に感じられる詩だなと思いました。言葉が重たい。つきつけられた無力感と同時に、自分の生存を一語ごとにかみ締めている。言葉がギラギラしている。地上を這いずり回る無力な人間の内面の静かな絶叫を、これだけの言葉で語って見せているのは、なみなみならない言葉遣いだと思います。こんな気持ち、幾度歯をかみ締めながら味わったかな…? 悔しさ、後悔、無力感。それでいて、ただ立ち尽くしているだけでは抑えきれない苛立ちと衝動。「永遠に吠えることのない狼」は、それを具現化した一行だと思います。

この本は、なかなか私にとって新境地を開拓してくれました。
機会があったら、この二人の詩人の作品はもう少し読み深めてみたいなぁと感じた次第です~。
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