スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

<罪>とサタンの罪

2009年09月20日 13:01

Dore Sin of Paradise Lost

あなたはわたしを忘れたといわれるのですか? かつて天国で
あれほど美しいとみんなにいわれていたわたしが、今では
あなたの眼にはそんなに醜くみえるのでしょうか? あれは、確か
天国で集会が開かれていた時でしたが、天の至高(いとたか)き王に対する
大胆な陰謀に加担したすべての熾天使(セラフ)たちの面前で、突然
あなたは烈しい苦痛に襲われ、眼が霞み、暗くなり、朦朧と
なったことがあったはずです。その時、あなたの頭からは
炎々たる焔が噴き出し、左の部分が大きく口をあけました。
そうやってあなたの頭から、輝く姿も顔もあなたによく似た、
しかも神々(こうごう)しいほど美しい、武具をみにまとった女神が
飛び出しました。しれがこのわたしだったのです。天の軍勢は
ことごとく驚愕しましたが、初めはむしろ怖れ慄いて後へ
退き、わたしを『罪だ!』と呼び、何か不吉の前兆ででも
あるかのようにわたしを見ていました。しかし、その後次第に
親しくなるにつれ、わたしはみんなの歓心を買うことができ、
烈しい敵意を抱いていた者の心さえ、わたしの優雅な姿で魅了する
ことができたのです。なかでも、わたしに特に心を惹かれたのは
あなたでした。あなたは、自分と全く同じ像(すがた)をしているわたしを
見てすっかり魅せられ、ひそかにわたしと情を通じて、
その悦びを味わっておられました。やがてわたしは孕(みごも)り、次第に
大きくなってゆく胎児の重みを感じ始めました。折から戦いが
起り、天は戦場と一変しました。そして、わたしたちの敵である
あの全能者の手に、当然のことながら完全な勝利が帰してしまい、
敗北を喫した味方は天上界を潰走して逃げ惑いました。
やがて味方は九天の頂から真っ逆様に追い墜(おと)され、この深淵の
ただ中に雪崩(なだれ)を打って落ち込んだのです。そしてみんなと共に、
わたしもその一人として落ちてきました。その際、わたしの手に
委ねられたのがこの強力な鍵でした。わたしが開けてやらない
限り、誰も通ることのできないこの九重(ここのえ)の門を永久に閉ざしておく、
というのがわたしの受けた命令でした。わたしは独り悄然として
ここに座っていましたが、実はそれも束の間のことでした。
あなたの子を孕っていたわたしのお腹は、次第に、それも異状なほど
大きくなり、やがて物凄い動きと絶え難い陣痛の苦しみを
感じるようになりました。そしてついにあなたの子が、――ご覧の
通りのこの恐ろしい子が、胎外に出ようと必死に踠(もが)き、踠く
あまりわたしの内臓(はらわた)まで引き裂く有様でした。その痛さと恐ろしさ
に、下半身は引き攣(つ)り、見るも無慙な姿に変ってしまいました。
結局、わたしの胎内の敵ともいうべきこの子は、ただ一切を
亡ぼすためにのみ造られた殺戮の槍を振りかざしながら、
外へ飛び出してきました。わたしは逃げました。逃げながら、
『死だ!』と叫びました。地獄はこの恐ろしい名前を聞いて、
うち震え、呻(うめ)き、『死だ!』と叫び、その声がすべての洞穴(ほらあな)から
反響してきました。わたしは逃げました。しかし、彼は(恐らく
憤怒にかられてというより情欲にかられて)、わたしを追って
きました。とても脚が速く、わたしにすぐ追いつきました。
そして、気も動転している、自分の母であるわたしを引っつかみ、
恥知らずにも無理矢理にわたしの体を抱きすくめ、とうとう
わたしを犯してしまったのです。この凌辱の結果生まれたのが、
さっきもあなたが見られたように、絶えず吠えつづけてわたしの
腰のまわりに纏(まつ)わりついている、そして刻々に孕まれ
刻々に生まれて果てしない悲しみをわたしに与えている、
これらの怪物たちなのです。この怪物たちは、気が向けば自分らが
育まれたこの胎内に潜り込み、そこで吠え猛りながらわたしの
内臓(はらわた)を餌として貪り食い、そうやって元気づくと、またもや
外に飛び出して纏わりつき、わたしを苦しめるのです。
その恐ろしさは本当に骨身にこたえ、一刻の猶予も憩いの時も
ないのです。今わたしの眼の前にいるのが、わたしの子でもあり
敵でもある、恐ろしい『死』なのです。この『死』は、怪物たちを
常に嗾(け)しかけているばかりでなく、もし他に餌がなければ
一瞬のうちに母であるわたしをさえ食べかねないのです。ただ、
そうしないのは、それがいつかはともかく、わたしの終りが
自分の終りを意味し、わたしの肉が苦い肉であり、自分を亡ぼす
毒であることを、彼が知っているからに他ならないからです。
『運命』がそう定めたのです。ともあれ、父よ、わたしはあなたに
注意を促しておきたいのです。死をもたらす彼の矢を避けて
下さい。天上で鍛えられたからこの輝く武具をまとっておれば、
不死身だと自惚(うぬぼ)れないで下さい。いと高き支配者の他、
いかなる者も彼の死の一撃には抵抗することはできないからです。

(平井正穂訳『失楽園』(上)岩波書店[岩波文庫]、1981・2002、96-100頁より抜粋)


Blake Sin of Paradise Lost

責め苛まれる美女の系譜に間違いなく入ってしまう、ミルトン『失楽園』の<罪>。
彼女の意志は全然ないわけだから、意志なき悪い美女ってことになりますね。
パンドラと同じキャラ構成。

サタンのナルシシズムは、近親相姦というタブーに必要不可欠なのですね。
彼女は、サタンのナルシシズムによって交わりを余儀なくされる「罪」そのものであり、近親相姦が含む暗喩のうちのひとつ、<死>を生み出すことで交わりの罪が具現化するのだと思います。また、自分の息子である<死>は、サタンゆえに生じるわけですが、それとまた交わることで悲しみと生の意識(彼女は罪そのものだから、罪の意識にほかならないと思うのですが)の怪物を生み出し、それに永劫苛まれ続けるわけです。下半身はサタンによって、<死>によって蛇(=淫欲と悪の象徴)に変えられてしまいます。

彼女の名前でもある<罪>とは、どういうことなのかしら。
「罪」を擬人化した、しかも女性の形態を採って擬人化したということは、それから推測するだけでもキリスト教的な女性の「罪」にほかならない。それは、七つの大罪のうちの、淫欲、傲慢(これゆえにサタンは地獄堕ちする)。近親相姦によって生み出される、そして人類をイヴゆえに死へと追いやる根本的な<死>そのものを生み出す「罪」。うむぅ、人類の災いの一切は、きっかけはサタンとはいえ、女性によって生み出されるのかぁ…。間違いなく、パンドラの系譜なのね…。

でも、<罪>の描写は、あまりにも魅力的です~ムフフ
個人的に、この書物のなかでいちばん気に入ったキャラでした(笑)
多分、生まれてくるところからして、ギリシア神話でいちばん好きなアテネ女神をパロっているからかもしれんけれども…☆
関連記事


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://sousleau.blog5.fc2.com/tb.php/619-ef59bedd
    この記事へのトラックバック


    Articles


    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。