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最も不可能なもの

2013年10月12日 18:08

夜景2013初秋

「あらゆるもののうちで、最も不可能なもの、それは精神の覚醒である。」
(ピエール・ブリュネル編、アルチュール・ランボー『地獄の季節』、ホセ・コルティ社、1987年、319頁。)


ランボー『地獄の季節』より「不可能」(部分抜粋)

 わが精神よ、気をつけるがいい。乱暴な救済策などは駄目だ。自らを鍛えることだ!――ああ! 科学は私たちにとって充分なほど早くは進まない!
 ――しかしながら、気がついてみると、私の精神は眠りこけているのだ。
 もしも私の精神が、この瞬間からずっと、はっきりと目覚めているのだとしたら、私たちはやがて真実に到達するであろうに。おそらくはその涙する天使たちと共に私たちを取り囲むであろう真実へと!……――もしも私の精神が、この瞬間に目覚めていたのだとすれば、それは遥かな遠い昔に私が有害な本能に屈しなかったためだ、ということになるだろう!……――そしてまたもしもつねに、はっきりと目覚めているのだとしたら、私は叡智の直中を漕ぎ進んでいるであろうのに!……
 おお 純粋さよ! 純粋さよ!
 私に純粋さの姿を描いて見せてくれたのは、この悟りの瞬間なのだ!――精神を通して、ひとは神へと向かう!
 いやはや、身を引き裂くような不運ではあるが!
 (宇佐美斉訳『ランボー全詩集』筑摩書房、1996年、300-301頁。『地獄の季節』より「不可能」最終部分)


『地獄の季節』の1節「不可能」。
この中に、次のような部分があります。

我が身の不快感の原因は、私たちが西方(オクシデント)にいることにもっと早くに思い至らなかったことなのだと、気がついたのだ。西方の沼!

これを、Shallot風にパロディってみると、こんな風になって、一気に実感がわいて、なんだかランボーの気持ちがわかったという錯覚に陥るわけです。

我が身の不快感の原因は、私たちが東方(オリエント)にいることにもっと早くに思い至らなかったことなのだと、気がついたのだ。東方の沼!

お互いに地理的に遠くて、なかなかたどり着けない憧れを持ってこんな思いに至っているのかも…。
フランスもイギリスも、こんなに大好きなのに、遠い!><
私は生まれた場所を間違えたんじゃないかと思うくらいに!(笑)
どんなに好きでも、西洋に完全に至ることは「不可能」なのですね… これぞ、東方の沼。
「ふらんすへ行きたしと思へども/ふらんすはあまりに遠し」なのです……




キプリングの詩「東と西のバラード」("The Ballad of East and West")

Oh, East is East, and West is West, and never the two shall meet,
Till Earth and Sky stand presently at God’s great Judgment Seat;
But there is neither East nor West, Border, nor Breed, nor Birth,
When two strong men stand face to face, tho’ they come from the ends of the earth.

おお、東は東、西は西、そして両者はけっして会うことがないだろう、
大地と空がやがて神の偉大な審判の座に立つまでも。
しかし東もなければ西もない、国境も、種族も、素性もない、
二人の強い男が面と向かって立つときは、両者が地球の両端から来たとしても。




萩原朔太郎『純情小曲集』より「旅上」

ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背廣をきて
きままなる旅にいでてみん。
汽車が山道をゆくとき
みづいろの窓によりかかりて
われひとりうれしきことをおもはむ
五月の朝のしののめ
うら若草のもえいづる心まかせに。

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